Sketch
「・・私が好んだやりかたは、紙の前ではなく、コンピュータの前に座ってプログラミングすることだった。もっと悪いことに、辛抱強く全てのプログラムを書き上げて正しいことを確認するなんてことはせずに、私はめちゃくちゃなコードをおっぴろげて、それを次第に形にしてゆくのだった。 私が教わったのは、デバッグとは書き間違いや見逃しをつかまえる 最終段階の工程だということだったが、実際に私がやっていたのは、プログラミングそのものがデバッグという具合だった。
随分長い間、私はそのことを後ろめたく思っていたものだ。ちょうど、小学校で教わった鉛筆の持ち方と違う持ち方をしていることを後ろめたく思っていたのと同じように。他のものを創る人々、画家や建築家がどうやっているかを見れば、私は自分のやっていることにちゃんと名前がついていると気づいていただろう。スケッチだ。私が言えるのは、大学で教わったプログラミングのやりかたは全部間違っていたということだ。作家や画家や建築家が、創りながら作品を理解してゆくのと同じで、プログラマはプログラムを書きながら理解してゆくべきなんだ。」
Ref. : @web, 「ハッカーと画家」、ポール・グレアム, p. 26.
いきなり完成品を目指すのではなく、スケッチから始める。
そこから次第に形作っていく、創りながら作品を理解してゆく。
それで良い。
# この本も PoIC 使い必読の書。

March 29th, 2009 at 10:01 pm
m(. .)m
> ちゃんと名前がついていると気づいていただろう。スケッチだ。
スケッチブック(野帳)
GTD
仕事(タスク)をしながら、タスクリストを仕上げていく 方が、なぜかやりやすい
枝葉を広げていくマインドマップのような
マインドマップの完成を待たない
・ヘビの脳は目先に反応 を繰り返す
・大脳は、どうしよう と思い悩む
どっちがいい、というわけではない
しかし、一歩を踏み出すのは、ヘビの脳 かな?「Next action」
March 30th, 2009 at 10:33 pm
最初の一歩を踏み出す
(スケッチ スタート)
February 12th, 2010 at 7:07 pm
m(. .)m
{行動しながら・やりながら・振る舞いながら}、{合わせ鏡・写す・写像・スケッチ}
February 14th, 2010 at 9:21 pm
>>k さん
私は k さんの記事を思い出しましたよ。
Ref. : @PoIC Wiki, プロトタイプ(模型)をつくる
;)
February 14th, 2010 at 10:00 pm
>>k さん
自分の頭・手に近い道具、手に吸い付く道具で、
まずプロトタイプを作る。
上手く行きそうかどうか「当たり」をつける。
February 14th, 2010 at 10:01 pm
>>k さん
プロトタイピング
http://jp.franz.com/base/seminar/2005-11-18/SeminarNov2005-Takeuchi.files/v3_slide0031.htm
February 16th, 2010 at 10:04 pm
>>k さん
この辺も紙・プロトタイプですね。思い出した。:)
OrigamiPod prototype
1. http://www.flickr.com/photos/hawkexpress/473461483/
2. http://www.flickr.com/photos/hawkexpress/473461489/
3. http://www.flickr.com/photos/hawkexpress/473461491/
4. http://www.flickr.com/photos/hawkexpress/473461497/
5. http://www.flickr.com/photos/hawkexpress/473461499/
February 17th, 2010 at 8:32 pm
m(. .)mそうですね(!)
そういえば、こんな感じで、いろんな物事を進めて行けたら、なんだかいいですね。
粘土細工やブロックのように。
何か物事を前に進めるのを、両手で作るわっかの間くらいのサイズから。
コレクト情報カードくらいのサイズから。
February 17th, 2010 at 10:45 pm
>>k さん
私も、ちょうど粘土とブロックのことを考えていたので一応メモ。
英語 → ブロック的(パーツに分かれている、組み立て、ドライ、軽い、サラり)
日本語 → 粘土的 (もうすこしベトッとした感じ、流れ、ウエット、重い、ベタり)
英語は軽いので使いやすい。LEGO のように組み立てられる。反面、物事を伝えるのに長い説明が必要(例:英語の本は分厚い)。数学や物理と相性が良い。(ドイツ語も英語に似ている。同じゲルマン語)。チューリングマシン(TM)的、オートマトン的。二階述語論理。
日本語は重いので難しい。境界があいまいで、何種類も言い方がある。反面、物事を伝えるのに短くて済む(例:俳句・短歌)。万能チューリングマシン(UTM)的。すべてのチューリングマシンを模倣することができる。ひらがな、カタカナ、漢字。万能オートマトン的。高階述語論理。
February 18th, 2010 at 10:59 pm
もう少しメモ。
一階述語論理:
鳥は飛ぶ
鳥は→主語、飛ぶ→述語
この質問に○か×か、真か偽か、TかNILかで答えられる→論理(○×クイズ)
鳥は→x、飛ぶ→P とすると、
鳥は飛ぶ ⇔ P(x)
虫は→y とすると、
虫は飛ぶ ⇔ P(y)
( ) の中がだけ変わる→ 「一階」述語論理
P も変わる →「二階」述語論理 e.g. 虫は鳴く R(y)
February 18th, 2010 at 11:18 pm
一階述語論理 → 数学、もっともシンプル、しかし表現力はあまりない。e.g. ラッセル&ホワイトヘッドの「プリンキピア・マテマティカ」では、1+1=2 を導くのに何十ページも費やしている。体系自体はシンプルなので、良く研究されている。
二階述語論理 → 英語・ドイツ語、プログラム言語?。一階に比べ表現力は豊か。文法。短い言葉で言いたいことが伝わりにくい。冗長。アメリカで冗長な表現が好まれるのは、文化や人種の問題ではなく、単に言語としての表現力が(高階に比べて)ないから?
高階述語論理 → 日本語?表現力豊か。以心伝心。言葉の中に魂が宿る。言霊、ゴースト。文法が複雑で、述語論理としての研究はほとんど進んでいない。
February 19th, 2010 at 12:28 pm
逆に言うと、高階言語で冗長性を持たせれば、さらに魂(ゴースト)は宿りやすくなる。
February 20th, 2010 at 6:44 pm
m(. .)m面白いですね。
日本語では、例えば「いただきます」、という{言葉・単語}には、(・・・こういう例は、英語にもあって、私が知らないだけかも知れませんが)、
「私は目の前の物をこれから食べる」という、周りへの連絡や意思表明というだけではなく、
目の前の生き物の命や、これが目の前にたどり着くまでの{苦労・経緯}(例えば「お百姓さん」とか)への思い、感謝といった意味が含まれるのかも知れません。
英語だと、そういう思いやイメージが、例えば「神に感謝」という形で、その対象が1つに統一されているのかも知れません(欧米人でないのでわかりませんが)。
>ゴースト
例えば、「仏」という単語について、(私は宗教とかぜんぜんやってませんが、)
{精神、心、魂、ゴースト、行動パターン、}そういう感じの単語で表される物について、{仏・仏様}というと、ださださですが、なんだかより魂がやどっていそうな(?)気がします。
クラークの2001で、「スターチャイルドが誕生した」というより「成仏した」という方が、なんだか日本語的というか、・・・(?)
—————
確かに、「いただきます」について、
数学(一階述語論理)で「いただきます」って、表現(?) できないですよね。
英語・プログラム言語(二階述語論理)だと、「I will eat.」みたいな、なんとなく{作業記録・動作予定}的。
日本語(高階述語論理)だと、 生き物やお百姓さん{と・へ}の、目に見えないつながり{感謝の気持ちとか、想像・思いやりとか、、身体が消化・分解してアミノ酸を吸収・合成するときも、その一言の意識で全身の受け取り方が違うのかも(?)}的な意味が含まれていて。
さらにその意味が個人や状況によって違っていて、その明確な意味すらも無かったりして、、
とにかく数学やプログラム言語と比べたら、ゴーストみたいな、雲や煙みたいな、分け分らない言葉ですね。
で、LISP的な言葉や考え方では、複数の意味や言いたいことなどを、括弧でくくって、表現していて、よりゴースト(鏡、雲、煙)に近いような気がします。
↑
最後の1行を、括弧でくくりながら書き直し
↓
で、LISP的な{言葉・考え方}では、複数の{意味・言いたいこと・etc}を、括弧でくくって、表gんしていて、より{ゴースト・鏡・雲・煙}に近いような気がします。
February 20th, 2010 at 6:49 pm
GTD(TODOリスト)・・・二階述語論理の考え方。なんでもTODOリスト化しようとすると、あふれてしまう。
PoIC ・・・とにかく順番にカードを入れていく。このこと自体、よりLISPに近い。動詞じゃなくて、名詞、記述的。
February 20th, 2010 at 6:52 pm
GTD 「○○したい」煩悩、欲
頭のめらめらをカードに書き写して「忘れて」も、そのカードを見るたびに、めらめら。疲れる。
PoIC 頭のめらめらをカードに写して、ためていく。ホントに忘れ去ることも。後から見返すと思い出すから、忘れ去ることさえもおそれない。
February 21st, 2010 at 11:25 am
m(. .)m
二階述語論理(英語やプログラム言語)について、
>鳥は→x、飛ぶ→P とすると、
>鳥は飛ぶ ⇔ P(x)
なんとなく、英語、狩猟民族、GTD的(?)ですね。
鳥を→x、捕る→P とすると、
鳥を捕る ⇔ P(x)
GTDもGetting Things Done
これは、Getting Done(完了させる)→F、Things(物事)→xとすると、
xを完了させる ⇔ F(x)
で、xの中身が変わっていく。xの中身を変えていく。
xをF( )というふるいに入れて、分類し、順次完了させていく。
—————-
日本語については、
「春は曙」
春(曙、桜、入学式・・・)
「春は曙」を、二階述語論理(英語やプログラム言語)的に、
春をF、曙をxとして、F(x)とする、のはちょっと違う(?)ように思う。
もうちょっと、LISP的(?)
括弧の中にリストアップされる項目が並んでて、みたいな・・・
——————-
GTDでは、{目標・ターゲット}を明確にして、それを遂行していく。それはプログラム言語的で、直線的で効果的なんだけど、GTDからは、それ以外の物は、出てこない。
多分、煩わしい仕事はGTDで処理して、「余った時間で」生産的・有機的なことを{する・生ずる}ということなのかな、と思うけれども。GTD自体からは、PoICみたいな、「予想外」のことは出てこない。一階述語論理的な感じで。
——————-
二階述語論理的な感じ(日本語、イメージ、PoIC)からは、予想外の組み合わせが出てくるような感じがする。
それは、{鏡・箱・リスト}に{粒子・カード}をためて、それを{並べたり・ぼーっと見たり}して、新しい{イメージ・組み合わせ}が創発する。
一階述語論理からは{偶然・予想外・排除される物}であるそれらを、生み出す。
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F(x) とG(x)があって、
F(x)←→G(x)
みたいに合わせ鏡になっていて、
F(x)
F(G(x))
G(F(G(x)))
F(G(F(G(x))))
みたいに、お互いを入れながら1段階づつ発展していったら、どうなるのだろう(?)
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そして、実際に行われていること{生態系の生物、粒子のぶつかり合う砂山、フラクタル図形・経済・ゲーム}は、粒子が相互作用して発展して{ゆらぎ・ベキ乗則(ジップの法則)・フラクタル}的様相を呈しているので、一階述語論理的{考え方・法則・概念}の積み上げでは、間に合わないと思う。
—————-
GTD(TODOリスト)が増えるばっかりで{減らない・破綻する・疲れる}のも、
二階述語的論理(やるべきこと)(イメージ)を、
一階述語的論理(1つのTODO)(プログラム)で処理しようとするから、
February 22nd, 2010 at 11:14 pm
>> k さん
> 例えば「いただきます」、という{言葉・単語}
「いただきます」という言葉は深いですね。
たったひとつの言葉でもいろいろな思いが想起されてきます。
> クラークの2001で、「スターチャイルドが誕生した」というより
>「成仏した」という方が、なんだか日本語的というか、・・・(?)
仏に、成る。
「スターチャイルドが誕生した」=成仏といわれると、ああ確かにそうだ、と分かる。
なんとなく手を合わせて頭を垂れたくなる感じ。
情報が貯まって、ストーンと落ちて、次の世代が生まれて。
ひとつ上の「上位構造」に移行する。
再び、しかし、ひとつ上の層へ。
February 22nd, 2010 at 11:27 pm
>> k さん
k さんがダーッと書くコメントは、実は私にとってはとても読みやすいんです。
魂がこもっているというか。:)
もちろん、カードの機械的な並べ替え、それは書きかたの一方としてはある。
例えば論理学(ロジック)のように、電子回路のように。
でもそれだけではないような気もする。
もう一方あって、それはもっと魂のこもった書きかた。
単なるカードの並べ替えだけではない方法。
# その真ん中を取れば良いのかな。
February 22nd, 2010 at 11:58 pm
>> k さん
> F(G(F(G(x))))
k さんのコメントと私のコメント、仕事と生活、GTD と PoIC、社会と自分、
一階述語と二階述語、ロジックとゴースト・・。
いろいろ当てはまる気がします。:)
どちらか一方だけ、ではなく、お互いフィードバックをかけあいながら。
February 23rd, 2010 at 12:39 am
m(. .)mどうもありがとうございます。
>k さんがダーッと書くコメント
どうもありがとうございますです。
自分でも不思議なのですが、例えば、上のコメント
http://pileofindexcards.org/blog/2009/03/29/sketch/#comment-107387
を改めてみてみると、線で区切られて7つの部分に物事を書いているのですが、今見ても
・自分のコメントとは思えない。いや、思えるのですが、例えば「30行、7ブロックの文を{記述しよう・記述せよ}」と{思っても・試みても}、書けない。
・最初からはまったく予定していなくて、①書きながら、②次のことを思いついて、③それを書きながら、また次のことを思いついて→①に戻る・・・という感じで、再帰的に繰り返している
論理的ではなく、再帰的、プログラムの暴走(?、再帰呼び出し)的、そういう{「再帰・創発・相転移」・「鏡・剣・玉」}的な{頭・心}の働き(?)煩悩のおもむくまま(?)
・「魂」・・・なにか伝えたいという、気持ちが、燃料になっている?(^^;
「自閉症」的?(自分の好きなことになると延々と話している、的な)
興味と感謝でしょうか(^^。あれ(?)、一階述語論理では興味とは?感謝とは?舌が感じる砂糖の「甘さ」、窓の外の景色の写真を、言葉で表現できるのだろうか。「甘い」という単語から、辞書で共通の{概念・記憶}を引き出しているだけ?
・「一階述語論理」という単語も知らなかったですし、このエントリーも初めは難しそうに思い理解できなかったのですが、何度か見ていると、もともと分りやすく書かれているため、あるとき「えっ!」と面白く思い、その後いろいろだだーっと思いついたような感じです。
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このコメントについても、2行だけ書くつもりが、どういう訳か長くなり、その理由は(9行目に戻る→)
February 23rd, 2010 at 12:59 am
m(. .)mどうもありがとうございます。
>ロジックとゴースト
おもしろいですね。
物事を言葉で現せるのだろうか、目の前の鉛筆でさえも?とかおもいながら、一方、
いろいろな物事の構造を簡単な図や言葉で表した、陰陽の図や、Hawkさんの「Trinity」「鏡・剣・玉」、これらのイメージ化・言語化は凄いと思います。
今、カードを再生産していまして、カードがだだーっと多いので、章や節ごとに、まとめようとしているのですが、そうしてみるとそのほとんどが、その{エッセンス・(自分では)面白いと思うこと}、その構造や説明や意味は「Trinity」や「陰陽」の{言葉・図・イメージ}(のプロセス、全体または一部)で言えてしまう様な感じがしていて、不思議で面白いです。そして「Trinity」と「陰陽」そのものも、一方がもう一方を{説明・記述・言及}するなど、面白い関係に思えてきます。
———
Hawkさんの書き表し方は、短くて{面白い・興味深い}です。「カオスの縁」や「生き物の適温」、「俳句」は短く、100度より0度に近いです。