落ち

From PoIC
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知的自転車としての PoIC

PoIC を乗り物で表現した時、私に一番しっくりくるのは「自転車」です。このシステムは、燃料を使い、アクセルを踏むだけですごいスピードが出る「車」では決してありません。また、道具を使うので、「徒歩」に比べるとちょっと速いです。自転車は、人間が本来持つ力を、効率良く使うためシステムです。ペダルを漕ぎ、自転車を前に進めるのは、あくまでも人間の力です。ちょっとした道具(紙、ペン、箱)を使い、自分の能力(脳力)を引きだそうとする PoIC は、「知的自転車」と言えるでしょう。

ある日、2ちゃんねるのあるスレッドで、ある名無しさんが、次のような興味深い話をしていました。

「人間の二足歩行の効率は、地球上の全ての生物の中で最も悪い。しかし、人間が自転車を使った時の効率は、全ての生物の中で最も良い。」

自転車というシステムは使っていても、人間の力で走っていることに変わりはありません。自転車を使う・使わないでこれだけの差が出るのはとても面白い。Macintosh が出始めた頃、Steve Jobs は同じ話題に触れ、「コンピューターは、人間にとって自転車のような存在であるべき」と主張していました。今のコンピューターは、20年前に比べて、より速く、より複雑な乗り物になりました。自転車と言うよりも、むしろ車に近い存在になってしまった印象があります。私には、アナログの PoIC が、当時の Steve Jobs が言っていた自転車のイメージに、より近い存在に感じられます。

どうしていま自転車(情報カード)?

リカンベントの自転車。外見は奇妙だが、低空気抵抗を実現している。PoIC の例えとして。

では、いまそこに便利な車(コンピューター)があるのに、なぜ私は好んで自転車(情報カード)に乗るのでしょうか。いつも車に乗っている人からは、「車の方が速いし、疲れないよ。なんでわざわざ自分で苦しい思いをするの?」と言われるかもしれません。もちろん、PoIC の導入以降も、私の生活の中で、デジタルに接する機会が全く無くなった訳ではありません。計算や文章作成、情報の収集・共有に関しては、躊躇せずコンピューターを使います。車には車の良さがあります。

しかし、自転車(情報カード)に乗っている時の感覚を、そのまま車(コンピューター)に乗っている時の感覚で単純に置き換えることはできません。自転車に乗ると、自分の息づかい、背中を流れる汗、筋肉の動き、顔をなでる風、風景の流れを感じることができます。自分の力で走る感覚が、私にはとって楽しいのです。同じように、自分の中から湧き出てくる「発見」を、野帳やカードに書いている時の楽しさは、コンピューターを使っていただけでは味わえないのです。もし他の誰かが PoIC を始めて、「これは楽しい!」と言ったなら、私は「そう、その感じ!」としか言えないかもしれません。なぜなら、この体験は脳の中の化学反応的なもので、全てを言葉にして表現することは難しいからです。

PoIC システム/メソッドの設計は、極めてシンプルです。これは長距離を走り続けるために、空気抵抗をできる限り少なくした自転車です。その代わり、これまでの自転車と比べると、外見はちょっと奇妙に見えるかもしれません。ちょうどリカンベントの自転車のように。